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FEATURE

2理性では抑えられない情熱が僕にはあった

─ パリで苦労したこと、キツかったことはありますか?

山下多分苦労はしているのですが、特別にこれというのが思い当たらないんです。
もちろん苦しかったことも多々ありますし、不可能と釘を刺されていることに臨んでいたので、それを打ち破るにはどうしたらいいのかと考えると眠れないこともありました。

10年ほど前にあるドキュメンタリー番組に出していただいたとき、ナレーションをされた女優さんが、『彼は色々苦労もしたと思うけれど、苦労を苦労と思わないで、その瞬間、瞬間を愉しく過ごしていたのでしょうね』というような内容をブログに書いてくださって、それを読んでなるほどなと思いました。

─ 不可能といわれる状況でどうして諦めずにがんばれたのでしょう?

山下理性で考えれば無理なのですが、理性では抑えられない情熱が僕にはあったんです。
自分の人生は自分にしか生きられないから、この悩みや苦しみも自分しか味わえないんだと覚悟するしかなかった。

パリに行って10か月後、バカンスで正規のギャルソンが抜けた穴埋めの予備要員として働かないかと言ってもらえました。

最初の頃は周りの視線が痛かったですよ。日本人である僕は圧倒的に他のギャルソンと見た目が違うので(笑)。でもそれはお客様に顔を一発で覚えてもらえるということで、短所でもありますが逆に長所にもなります。そこでこちらがプロフェッショナルとして仕事を全うできれば認めてもらえるだろうと思っていました。

カフェ・ド・フロールに日本人のギャルソンがいるということは、当時パリの社交の席で噂になるくらいに、当時はちょっとしたスキャンダルでしたね。僕を店に立たせたことで、総支配人もオーナーも大きなリスクを背負ってくれたと思います。だからこそ、そのことにはとても感謝しています。

─ 一流の仕事をするために心がけていることはありますか?

山下パリのカフェ・ド・フロールにはそうそうたるお客様が多いのでちょっと特殊かもしれませんが、まずは顔や肩書き、名前、職業などを熱心に覚えました。フランスの芸能誌も欠かさず読んでいますね。

あとは、誤解される言い方かもしれませんが、「お客様の笑顔のために」という様に特別にお客様の事を考えているわけではないんです。御社の河原会長が「店は舞台」とおっしゃっていますが本当にそうだと思っていて、僕は自らの役に徹して最高の舞台を見せるだけなのです。ただ、最高のパフォーマンスを為してお客様を魅せるために、24時間仕事バカというか、他人の知らないところで努力できるか?ということが鍵かもしれません。

例えばグラスの出し方ひとつをとっても、自分が理想とする最高のパフォーマンスを常に求めていて、その結果がお客様に喜んでもらえたらいいと思っています。ボトルを掴む指先の角度とか、お盆に乗せる時にその段階でロゴが全部正面を向いているようにするとか。これは昔からマニアックな自分自身の喜びとして追求していて彼此もう20年もやっていて、体が記憶しているようなものです。

例えば、もし僕が一風堂で働くとしたら、まずラーメンの丼ぶりがとことん手に馴染むような感覚になるまで慣らし、鍛えますね。まるで野球のグローブみたいに(笑)。
そしてラーメンをいかに美しく、美味しそうに見せるかを徹底的に考えます。そういうところに喜びを見いだせたら、サービスという仕事はとても面白くなると思います。
結局、サービス・接客に従事している人間が愉しく働いていないと、お客様に喜んで頂くことなんて出来ないんじゃあないですかね。

「お客様は神様です」という言葉があるけれど、本来の意味は、神様がお客様だと思って、神様に見せるように完璧なパフォーマンスをみせなくてはならない、といった意味なのだそうです。最高の舞台を演出してお客様を魅せる。俳優・女優としてお店という舞台に立つ喜びを一度でも味わったら病みつきになっちゃいますよ。